Mr.Childrenの最新アルバム『産声』聴いたんやがwwwwww

結局ミスチルにはポップソングが求められてるってことだわな
こいつらやべえと思えるのがいない
オレンジがマシに思えるくらいにmiss youと産声酷い
サントラあたりは怪しいながらもギリギリ耐えてたのになぁ
ライブ毎回行ってたワイも今回は申し込みすらしてない
枯れるのはしゃーないやろ
ワイらのミスチル帰ってきたやん
リブート2に期待や
A Atomic Heart、深海
B Q、IT’S A WONDERFUL WORLD、シフクノオト、I ♡ U
C BOLERO、HOME、SUPERMARKET FANTASY、SENSE、[(an imitation) blood orange]、miss you
D REFLECTION、重力と呼吸、SOUNDTRACKS、産声
E Kind of Love、Versus
F EVERYTHING
産声はBある
深海もSやろ
ボレロ評価低いな
ワイは好きな曲多いんやが
そこそこ妥当
ボレロはB、深海はSだと思うけど
わりと的確で草
こんなにアルバム出してるのえらい
産声は後ろ2曲無しで産声の後インポケだったらめっちゃポジティブに終われそうな感じだったからな惜しいって感じ
今は全く聴かんくなったわ
Atomic Heartからシフクノオトあたりまで良曲しかないよな
わかる
既存曲だけでライブできるだろ
その中でも埋もれてるマイナー曲あるんだし
でもファンからしたら新作楽しみやんか
それでも微妙なんか?
ポップ路線やから好き嫌い分かれると思うわ
好きな人は好きなんやないかなこれは
復帰したけどプロデュースはしてないんちゃう?
キーボードとして参加しとるだけ
アレンジで参加してるみたいやけど、編曲に名前は無いね
どこまで関わってるんやろ
アレンジってキーボードのパート作ってバランス整えてるだけで
プロデューサーは重力と呼吸から変わってないんちゃうかな?
やっぱミスチルにはコバタケがいないとダメなのよ
ジャケット画像がアニメーションで動くやん、何やこれ
個人的にはグラストンベリーも好き
最後の家族もまさかの渋みある曲だったしある意味良いアルバムだと思うわ
FC入ってさえいればFCツアーとかホールツアーみたいな小さい箱(とはいえそこそこデカい)以外は大抵当たるぞ
サビが弱い感じがしてる
売れた曲やらんと聞いたし
ワイも自然にそれ聞いてるうちに好きになったわ
10点満点で6.5点がずらっと並んでるだけ
キラーチューンが一曲もない
要は「ほらほら。おまえらこういう曲聞きたいんやろ?」みたいな曲ばっかりリリースしてるイメージ。ちょっと前やけどドキュメンタリーフィルムとかいかにもそういう曲やったし。
あえてミスチルのイメージを裏切るみたいなことをほんまにやらなくなった。まぁ年取って保守的になったって事なんかね。
クオリティ的には劣化してるとは言い難いけど、まぁ面白くはないわ。
んーこれ逆なような気がするわ
あえて世間ウケを狙ってない、自分たちがやりたい曲をやってるように思う
深海とディスカバリー、Qくらいやね。
Discavallyっていおうとしたらディスカバリーあってよかった
深海が1番好きやわディスカバリーはシングル曲もっと省いてオリジナル曲入れてくれれば深海に並べたかもしれん
まぁ深海はすごいわ
一番人気が絶頂の時にあえてあんな一枚を…やからな
まぁ、そういう売り方をしたいというコバタケのプロデュースによるところも大きかったんやろなとは思うけど
もう活動40年とかじゃないの
引用元: https://nova.5ch.io/test/read.cgi/livegalileo/1774521795/
Mr.Childrenが「大人」の聖域へ踏み込んだ理由
J-POPという荒野で30年以上もトップランナーであり続けることは、並大抵の努力では成し得ません。Mr.Childrenというバンドは、かつて日本中の若者たちの代弁者として君臨していました。しかし、最近の彼らの新曲がかつてのような「社会現象」という枠組みに収まらないのは、彼らが意図的に、あるいは音楽的な誠実さゆえに、大衆消費される「ポップスター」から、人生を深く掘り下げる「表現者」へと軸足を移したからだと言えるでしょう。
かつての彼らが描いたのは、誰もが自分を投影できる「普遍的な物語」でした。しかし、近年の彼らが紡ぐ言葉は、もっと私的で、もっと地味で、そして何より「生活の匂い」が漂っています。50代を迎えた桜井和寿が描く世界は、もはやキラキラした憧れではなく、鏡の中に映る「少し疲れた自分」を優しく、時には厳しく見つめる視線そのものなのです。
若者が求める「熱狂」と、ミスチルが提示する「静かなる真実」
今の音楽シーンの主流が求めているのは、一瞬で耳を捉える中毒性や、日常を忘れさせてくれるようなドラマチックな高揚感です。SNSで拡散され、短期間で消費されるヒット曲には、ある種の「軽やかさ」が求められます。
一方で、今のミスチルが鳴らす音はどうでしょうか。彼らの近年の楽曲には、以下のような、消費されることを拒むかのような深みが備わっています。
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「社会の歯車」としての諦念と、その先にある小さな矜持
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全盛期の自分たちを否定せず、かといって固執もしないフラットな視点
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肉体的な変化や、限られた時間への静かなアプローチ
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言葉を詰め込まず、余白で語りかけるようなアレンジ
これらは、毎日満員電車に揺られ、責任という重荷を背負いながら、それでも日常を愛そうとする「大人」には深く突き刺さります。しかし、これから社会に出ようとする若者、あるいは爆発的なエネルギーを音楽に求める世代にとって、それは少し「成熟しすぎた現実」に映るのかもしれません。彼らにとっての音楽が未来への地図であるならば、今のミスチルは「現在地を確認するための鏡」のような存在になっているのです。
「無風」は成熟の証:スタンダードを極めた者だけが見る景色
新曲が出ても世間が騒ぎ立てない。そんな状況を「風化した」と見るのは早計でしょう。むしろ、それは彼らが「流行」という激しい潮の流れから抜け出し、真の意味での「スタンダード」へと進化した証です。
かつての「HANABI」のように、誰もが知る共通言語としてのヒット曲を生む必要は、もう彼らにはないのでしょう。今の彼らが求めているのは、人生の酸いも甘いも噛み分けた聞き手が、独り静かにヘッドフォンで、あるいは夜のドライブで噛み締めるような「一対一の対話」に見えます。
ここで、ある興味深い事実に目を向けてみましょう。近年の彼らのライブ動員数は、依然として国内最高峰の規模を維持しています。新曲のチャート順位といった「瞬間最大風速」では若手勢に譲ることがあっても、一度ステージに立てば数万人を動員し、圧倒的な熱量で包み込む。この事実は、彼らが「流行」ではなく、ファンの「人生の一部」として深く根を張っていることを裏付けています。
居酒屋で向かい合う友人に語るなら、私はこう言いたいですね。「彼らはもう、僕らを置いてきぼりにするようなスーパースターじゃなくて、僕らと同じように年を取り、同じように迷い、それでも歌い続ける『同志』なんだよ」と。
今の彼らが放つ、穏やかで内省的な楽曲たち。それは、嵐の中を突き進んできた者だけがたどり着いた、凪の海の美しさなのかもしれません。世間という大きな波が立たなくても、その静寂の中にこそ、今のMr.Childrenが伝えたい「真実」が詰まっているのです。
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