何を書いても構いませんので@生活板155
- 347 :名無し : 26/03/18(水) 00:13:32 ID:Q0.ss.L10
- 妹は、学校の先生たちから何度も支援級を勧められていた。
しかし母はそれを強く拒否し、「普通の子として育てる」という考えに固執して、
無理に普通学級へ通わせていた。
- 妹は多動で授業中に座っていることも難しく、学習面でもついていけていなかった。
そのためクラスメイトからは距離を置かれ、一部の生徒からはいじめも受けていた。
それでも母は支援級を認めず、保健室登校も「外聞が悪い」として許さなかった。
家にいることも認められず、妹を引きずり毎日無理やり学校へ連れて行かれていた。
母なりに必死だったのだと思う。 - 348 :名無し : 26/03/18(水) 00:14:11 ID:Q0.ss.L10
- 仕事の合間や休みを利用し九九を一緒に練習したり、勉強を教えたりして、
なんとか普通に追いつかせようとしていた。
しかしある日、妹が部屋で変な叫び声が聞こえ父と様子を見に行くと、
母が妹に水をかけながら激しく怒鳴りつけていた。
「なんでこんな簡単なことも分からないのか!」と口から泡を飛ばして
発狂しているような状態だった。
妹の手の甲や足には傷があり、妹自身は恐怖で完全にフリーズしていた。
夫婦喧嘩が始まったので私は妹を風呂場へ連れて行き、
「体を洗いなさい」と声をかけたが、そのときすでに妹は失禁してしまっていた。 - 349 :名無し : 26/03/18(水) 00:15:12 ID:Q0.ss.L10
- 当時の妹は、周囲の子どもたちが当たり前にできる九九が言えず、
書く文字もほとんどが鏡文字だった。
私は医者ではないが、少なくとも軽い遅れでは説明がつかない状態だったと思う。
それでも母はそれを認めようとせず、「見た目は普通で、多少文字や計算ができないだけ。
大人になれば結婚して子どもを持ち、普通に幸せになれる子なのに、障害児扱いするな」
と言い張っていた。
母自身は高卒ながら成績が良く、家庭の事情がなければ有名大学に進めたはずだと
周囲からも言われていた。
そのためか、自分の子どもが思うようにできないことをどうしても受け入れられなかったのだと思う。 - 350 :名無し : 26/03/18(水) 00:16:53 ID:Q0.ss.L10
- 妹は一見すると大きな問題があるようには見えず、自己表現が苦手な子に見える程度だったが、
実際に会話をするとすぐに噛み合わなさが分かるレベルだった。
また、身だしなみに対する意識も低く、私と姉が声をかけなければ整えることはほとんどなく、
放置すれば週に一度入浴するかどうかという状態で、髪も服装も乱れがちだった。
整えれば見た目は普通の子ではある。
やがて母は精神的に限界を迎えてノイローゼのような状態になり、両親は離婚した。 - 351 :名無し : 26/03/18(水) 00:16:57 ID:Q0.ss.L10
- そして、あれほど普通学級にこだわっていたにもかかわらず、母は妹の引き取りを拒否した。
母がいなくなってから、妹はフリースクールに通うようになり、
同じように困難を抱える子どもたちと関わる中で落ち着きを取り戻していった。
その後、支援級に通い始め、現在は療育学校で生活している。
普段の妹は穏やかに過ごしている。
しかし、ふと母の話題が出ると様子が一変し、「あああー!」と叫んだり、
強い不安状態に陥って失禁してしまうことがある。
その姿を見るたびに、過去に受けた経験がどれほど深く心に
残っているのかを思い知らされる。そして私は、ただただ妹が可哀想だと感じる。
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