1: ◆HAM/FeZ/c2 2018/10/11(木) 03:07:52.610 ID:vfZ8sf9Y

男「うっし、引越しの荷物はこれで全部だな」

男「あー腰いてえ」

男「あとは…これだけ書斎に持ち込んでおくか」グイ

……

男「っと」ドサ

カチャン

男「ん? なんだこれ」

男「カセットテープ?」


4: 2018/10/11(木) 03:12:05.761 ID:8y3a+Cnxa
【20××.3.20 17:00】

男「1年くらい前のテープか」

男「前に住んでた人の忘れものかなんかかな」

男「かけてみるか」

ガチャリ

男「再生……と」カチカチ

ザ……ザー……

女『あー、あー』

女『聞こえますか?』

男「ん?」

5: 2018/10/11(木) 03:13:00.319 ID:8y3a+Cnxa
女『えーこんにちは』

男「はあ」

女『今日、この家に引っ越してきたものです』

女『新しい生活にわくわくしています』

男「なんだ、自分語りか。くだらねえ……」

女『あなたに聞いてもらいたくて、このカセットテープに吹き込んでいます』

男「え」

女『一人きり、新しい生活』

女『ペットも飼えないし、寂しいし』

8: 2018/10/11(木) 03:14:09.154 ID:8y3a+Cnxa
女『あ、このテープは、私のさらに前の人のものみたいです』

男「あん?」

女『なんかミュージシャンの人だったみたいで、録音装置とかカセットが山ほど残ってて』

女『だから有効利用してみようかな、と思いまして』

男「はは、ヒマなやつだな」

女『次の入居者さんに向けて、私のお喋りを録音します』

女『これから毎日、一本ずつ録音していきたいと思います』

男「おいおい」

女『だってめちゃくちゃいっぱいあるんだもん、テープ』

9: 2018/10/11(木) 03:15:16.967 ID:8y3a+Cnxa
女『この書斎を私の生活スペースにしようかな、と思います』

女『ここなら録音も読書もできるし、音楽も聞けるし』

男「ん、確かにいい部屋だな」

女『窓も大きいし』

男「……防音じゃねえのかな」

男「窓がある録音室ってどうなんだ」

女『このテープ、片面10分なんで、一日10分だけのお喋り』

女『B面は使いません』

男「お喋りって言っても……おれの声は聞こえないだろうよ」

10: 2018/10/11(木) 03:16:24.023 ID:8y3a+Cnxa
女『という訳で、明日も聞いてくれますか?』

男「……」

女『……聞いてくれたら、いいな』

男「……」

女『あ、これを1年後の同じ日に聞いてるとは限らないですよね』

男「うん」

男「今日は……3月24日だし」

女『今日の分まで、一気に聞いちゃってください』

女『それで、次の日から一日一本!!』

男「栄養ドリンクみたいだな」

女『どうでしょう?』

男「どうでしょうって言われても」

女『先のテープは、まだ聞いちゃダメですからね!!』

11: 2018/10/11(木) 03:17:28.650 ID:8y3a+Cnxa
女『それじゃあ、また明日』

ガチャリ

男「……」

男「10分ってあっという間なんだな」

男「ま、することもないし、次のやつ聞いてやるか」

【20××.3.21 17:00】

女『えっと、昨日と同じ時間に録音してみました』

女『これを聞いてくれてるってことは、私のお喋り、聞いてくれる気になったんですね』

男「……」

女『うれしい!!』

男「……はは、お気楽な子だな」

12: 2018/10/11(木) 03:18:28.732 ID:8y3a+Cnxa
女『私、この春から異動してきたんですよ』

男「移動?」

女『まだ新米だから勉強も必要だって言われて』

女『町の代理店に、明後日から出勤なんです』

男「ああ、『異動』か」

女『楽しみなような、不安なような……』

女『でもここになら、不安をぶちまけることができそうだし、ちょっとこのテープ、頼りにしてます』

男「おれは一方的にぶちまけられるだけかい」

女『あなたの悩みも、時々聞きますよ♪』

男「聞こえねーだろ」

13: 2018/10/11(木) 03:19:50.531 ID:8y3a+Cnxa
女『ここ、すっごく交通に不便ですよね』

女『なにしろ町までバイクで30分!!』

男「じゃあなんでここ選んだんだよ」

女『伯父の紹介で、すごく安かったんですよ』

男「お」

女『まだ貯金も全然ないし、安さに勝る優先条件はないですよね』

男「なんか、今、会話みたいになったな」

女『だからここに決めたんです』

男「ちょっと面白いかも、な」

17: 2018/10/11(木) 03:25:25.912 ID:8y3a+Cnxa
女『とりあえずは1年ちょいの契約』

女『こっちの会社での研修期間も1年なんです』

男「短いな、研修」

女『早く研修終わって、一人前になりたいけど』

女『この家に1年しかいないっていうのはもったいない気がします』

男「だよな」

女『でも次の入居者さんももう決まってるっていうし、仕方ないですね』

男「ん? それっておれのことかな」

男「家決めたのって、いつだっけかなあ」

男「だいぶ前から目はつけてたけど……」

18: 2018/10/11(木) 03:26:16.112 ID:8y3a+Cnxa
女『明日はちょっと町へ出てみようかと思います』

男「去年22日は、休みの日だっけ」

女『色々と買い物もしなくっちゃね』

男「おお、参考にしようかな」

女『あなたも引っ越してきたばかりなら、参考にしてくださいね』

男「はは、見透かされてんな」

女『それじゃあ今日はこの辺で』

男「……早いな」

女『おやすみなさい』

男「早いだろ」

ガチャリ

19: 2018/10/11(木) 03:27:18.050 ID:8y3a+Cnxa
【20××.3.22 19:00】

女『今日はちょっとしたハプニングが』

男「おお、いきなりどうした」

女『町に着いた途端ガス欠になったんですよ』

男「あ、はは、遠いしなあ」

女『ガソリンスタンドを探すのに手間取って、あんまり満足にお買い物できませんでした』

男「あーあ」

女『ていうか、バイクって重いんですね』

男「ずっと押してるとそう思うよな」

男「乗ってるだけだと気づかないもんだ」

20: 2018/10/11(木) 03:28:24.069 ID:8y3a+Cnxa
女『でも、良い発見もあったんです』

女『町への一本道、途中に桜並木道があるんですよ!!』

女『ちょっとだけ、咲き始めてましたよ!!』

女『満開がすっごい楽しみです!!』

男「へえー」

女『あなたも、満開の頃にぜひ見に行ってみてくださいね』

男「いいな、それ」

女『絶対ですよ!!』

男「はいはい」

22: 2018/10/11(木) 03:28:55.569 ID:8y3a+Cnxa
女『あなたがどんな人なのか、興味があります』

男「お」

女『何歳くらいかな』

女『男の人かな、女の人かな』

女『どんなお仕事してるのかな』

女『ってね』

男「おれは……20代のしがない小説書きだよ」

女『当ててみましょうか』

男「はは、やってみな」

女『小説家の人でしょう』

男「!!」

23: 2018/10/11(木) 03:29:44.118 ID:8y3a+Cnxa
女『はは、びっくりしましたか?』

男「う、うお、え」

男「嘘だろ」

女『なーんて』

男「は?」

女『当てずっぽうじゃないですよ』

女『不動産屋さんに、聞いてたんです、次に住む人のこと』

男「な、なんだ、驚いたわ、くそ」

25: 2018/10/11(木) 03:31:47.402 ID:8y3a+Cnxa
女『まあ詳しいことはもちろん聞いてませんけどね』

男「プライバシーというものがあるからな」

女『いいな、私も小説好きなんです』

男「へえ、そりゃあいいことだ」

女『私の知ってる作家さんだったりして』

男「ないない、超無名だから」

男「ていうか去年の今頃だと一冊しか書いてないから」

女『想像すると楽しいですよね』

女『名前、言っちゃダメですよ』

男「言っても聞こえねーだろ」

28: 2018/10/11(木) 03:34:56.049 ID:8y3a+Cnxa
女『じゃあ、今日はこの辺で』

男「おう」

女『あ、歳が近いってこともチラッと聞いたんで、明日から、敬語やめようと思います』

男「不動産屋の親父……口軽くねえ?」

女『なんか敬語だと、堅苦しくて……』

女『じゃあ、また明日』

男「ふぅ……やれやれ」

ガチャリ

男「あと2本か」

男「一気に聞いちまうかなあ」

30: 2018/10/11(木) 03:36:09.827 ID:8y3a+Cnxa
【20××.3.23 20:00】

女『こんばんは』

男「はい、こんばんは」

男「こっちはまだ夕方ですが」

女『さっきお料理失敗して、家の中が焦げくさいの』

男「なにやってんだ」

女『いやあ、油断した』

男「なに作ってたんだよ」

女『ロールキャベツって、簡単だと思ってたんだけどなあ』

男「ロールキャベツ焦がせるって、それすごくね? 才能?」

31: 2018/10/11(木) 03:37:04.526 ID:8y3a+Cnxa
女『今日は仕事始めだったんだけど、そっちの方は、まあ無事終了!!』

男「おお、もう始まったのか」

女『優しい先輩がいてくれて、色々と教えてくれたの』

男「そりゃあ、よかった」

女『私、偏頭痛持ちで心配だったんだけど、ここのところ調子もいいみたい』

女『一回痛くなり始めると、大変なの』

男「へえ」

男「なったことないからわからないけど、普通の頭痛よりも痛いもんなのかな」

女『あと、格好いい上司の人もいたの♪』

男「おお……ちょっと妬けるな」

33: 2018/10/11(木) 03:38:34.988 ID:8y3a+Cnxa
【20××.3.24 19:00】

女『やっほー』

男「お、テンション高いな」

女『今日も快調ー』

女『先輩も格好いいしー』

女『マキさんも優しいしー』

男「はは、順調だね」

男「おれも明日からそうなるといいんだけど……」

女『今週の金曜日に歓迎会してくれるっていうから、楽しみ!!』

男「おお、いいじゃん」

男「おれも酒飲みたくなってきたな……」

女『うふふ』

男「ビールでも開けるか」

35: 2018/10/11(木) 03:39:29.792 ID:8y3a+Cnxa
プシッ

ゴクゴク

男「っくぁー!! うめえ」

男「さ、続き続き」

カチャリ

女『始めてまだ少しだけど、私のことばっかり話してるね』

男「ふぅ……」

男「そりゃ、まあ、君のテープだし」

女『あなたの話も聞きたいな』

36: 2018/10/11(木) 03:40:43.754 ID:8y3a+Cnxa
男「あなたの話もって……」

男「聞こえるのか?」

女『聞こえるよ』

男「……」

男「え?」

女『多分』

男「……」

女『聞こえたら、いいな、ってね!!』

男「ああ、そういうことか」

男「時々シンクロして、びっくりするわ」

37: 2018/10/11(木) 03:41:49.206 ID:8y3a+Cnxa
女『小説は、進みそう?』

男「ん、まだ取りかかってないしな」

男「これから、これから」

女『どんな小説が好きなの?』

男「ん、読むなら推理小説かな」

男「おれが書いてるのはちょっと違うけど」

女『私はね、ミステリーが好き』

女『ちょっとした日常のおかしさとか、そういうの』

男「へえ」

女『本格的な推理小説は頭がこんがらがるし』

女『かといって恋愛ものもちょっとね』

男「女の子にはそっちの方が好きって子が多いんじゃないか」

女『周りの友だちは恋愛小説ばっかり進めてくるんだけどね』

男「うん、だろうね」

39: 2018/10/11(木) 03:43:12.947 ID:8y3a+Cnxa
男「気分転換しながら、まあゆっくり書いていくさ」

男「君が好きそうな小説も、いつか書けたらいいな」

女『楽しみにしてるよ』

女『あなたの小説を、読む日を』

男「……」

女『うふふ』

男「はは」

女『ジャンルが違いすぎたら、どうしようって思うけど』

男「ホラーとか?」

女『ホラーとか、ね』

男「はは」

40: 2018/10/11(木) 03:44:23.499 ID:8y3a+Cnxa
女『じゃあ、また明日』

男「ん、おやすみ」

女『おやすみ、またね』

ガチャリ

男「次は明日か……」

男「明日は何時だろ」

カチャカチャ

男「夜か……」

男「……」

男「とりあえず、飯作るか」

41: 2018/10/11(木) 03:45:20.135 ID:8y3a+Cnxa
【20××.3.25 22:30】

女『ごめんね、今日はちょっと遅くなったわ』

女『仕事は早く帰れたんだけど……』

男「ん?」

女『頭痛が出ちゃってね、仕事にならなかったんだ』

男「おいおい大丈夫か」

女『心配してくれてる?』

男「ん、まあ、な」

女『ありがと』

男「はは」

男「じゃあ今日はゆっくり休みなよ」

女『薬がまだ残ってるから平気よ』

女『ちょっとボーっとしちゃうけどね』

42: 2018/10/11(木) 03:47:22.336 ID:8y3a+Cnxa
女『私の頭痛はいきなりガッときて、何ごともなかったようにすっと治まるの』

男「へえ、大変だな」

女『薬がなくなる前に、町でいいお医者さんを見つけなきゃね』

男「……」

女『ま、大丈夫、大丈夫』

女『明日にはきっとケロッとしてるんだから』

男「そうだといいな」

女『明日は歓迎会もあるんだから、絶対行かなくちゃ』

男「無理すんなよー」

43: 2018/10/11(木) 03:48:18.165 ID:8y3a+Cnxa
【20××.3.26 23:00】

女『今日は快調でありました!!』

男「おう、えらく遅かったな、今日は」

女『先輩に送ってもらっちゃったーうふふ』

男「こんな場所までかよ」

男「先輩、ご苦労さんですね」

女『隣の席でーいっぱい喋ったのーいえー』

男「酔っ払ってるなあ」

男「ていうか、この状態でよく録音できてるな」

女『いえー』

45: 2018/10/11(木) 03:49:03.674 ID:8y3a+Cnxa
女『ワイン美味しかったー』

男「ワインかーおれは苦手なんだよなあ」

女『あとねえ、上司の人が飲んでた熱燗もちょっともらったの』

男「ああ、アレも無理だわ」

女『あとねえ、ビールも飲んだし、梅酒も美味しかったよう』

男「そんなに色々飲んで大丈夫かよ……」

女『うーん、ちょっと眠い』

男「早く寝なさい」

女『あははははは!!』

男「いきなりハイになるな!!」

46: 2018/10/11(木) 03:49:48.916 ID:8y3a+Cnxa
男「……」

女『……』

男「ん?」

女『ちょ、気持ち悪い……』

男「え」

女『お、おえ』

男「おいおいおいおい」

女『おえろろろろろろろろ』

男「ぎゃああああああああ」

女『あうー』

男「おいおいおいおい、大丈夫かよ」

女『……おやすみ……』

男「片付けろよ……」

男「ていうか録りなおせよ……」

49: 2018/10/11(木) 03:50:41.968 ID:8y3a+Cnxa
【20××.3.27 11:00】

女『おはよう』

男「ん、おはよう」

男「珍しく早いな」

女『昨日、私、なに喋ってたのかな』

男「覚えてないのか」

女『床も、その、汚れてた、し……』

男「あー」

女『あ、あはは』

女『ごめんね』

男「謝らなくてもいいけど」

女『うう』

53: 2018/10/11(木) 03:52:22.969 ID:8y3a+Cnxa
男「あんまり酒飲んだことないのか?」

女『お酒、そんなに強くないの』

男「それなのにいっぱい飲むから」

女『それなのに昨日は飲みすぎちゃった……』

男「しかもチャンポンで」

女『もうしばらく先輩の前では飲まないことにする』

男「そうしな」

女『ああーなんか失礼なこと言わなかったかなー』

男「んーどうだろ」

女『あああ~』

54: 2018/10/11(木) 03:53:39.477 ID:8y3a+Cnxa
……

男「ははは」

女『うふふ』

女『はあ、なんか色々喋ったら、すっきりしちゃった』

男「昨日吐いてるからじゃね?」

女『ありがとう』

男「おれはなにもしてねえよ」

女『じゃ、またね』

男「おう、またな」

ガチャリ

男「ふふふ……」

男「さて、明日のは何時かなっと」

ゴソゴソ

55: 2018/10/11(木) 03:55:04.557 ID:8y3a+Cnxa
―20××.3.28―

男「ふああ~」

男「眠いな」

男「つうか筆が進まねえ」

男「あ~あ」

編集「あ、あの」

男「おぅわあ!!」

編集「す、すみません」

編集「何回もチャイム鳴らしたんですけどお出にならないものだから……」

男「あ、ああ、今日、来る日でしたっけ」

編集「ええ、お久しぶりですね」

男「そうですね」

56: 2018/10/11(木) 03:56:26.620 ID:8y3a+Cnxa
男「コーヒーとか、どうです?」

編集「あ、いただきます♪」

男「まあインスタントですけどね」

編集「うふふ」

編集「この辺、お店も家も少ないようですけど……不便じゃありません?」

男「はは、まあ、たまーに町に出て買い物するのも楽しいものですよ」

編集「へえ~」

男「まあ男一匹、気ままなもんです」

編集「結婚はされないんですか?」

男「予定がないもんで」

編集「そ、そうですか」

58: 2018/10/11(木) 03:57:44.393 ID:8y3a+Cnxa
編集「新作、売り上げが少しずつ伸びてます」

男「え、本当に」

編集「ええ、口コミから広がって。発行部数増やそうと上に掛け合ってるところです」

男「うわ、うわ、嬉しいな」

男「君がいつもかけまわってくれるおかげで、僕は小説で食べていけるんです」

男「ほんと、いつも、ありがとう」

編集「い、いえ、そんな……」

編集「先生の作品にもともと魅力があるからですよ」

男「いやいや、そんなことないって」

63: 2018/10/11(木) 03:59:29.768 ID:8y3a+Cnxa
編集「それで、次の作品にも注目が集まっているんですが……」

男「あ、ああ、そうだよね」

男「今あんまり進んでなくて、ね」

編集「そうですか……」

編集「でも、いい環境じゃないですか」

編集「きっといいインスピレーションが湧いてきますよ」

男「うん、そうだといいね」

編集「で、雑誌の方での読者の反響なんですが……」

……

65: 2018/10/11(木) 04:01:15.051 ID:8y3a+Cnxa
編集「で、ここの数字を……」

男「うん」ソワソワ

編集「あれ、どうしました?」

男「あ、いや、別に」ソワソワ

編集「はあ……」

男「あとやっとく事は、これだけですか」

編集「あ、そうですね」

編集「また来週あたり、取りに来させてもらいます」

男「ああ、はい、よろしくお願いします」

編集「それじゃ、そろそろ帰りますね」

編集「長居して申し訳ありませんでした」

男「いやいや、そんなことないですよ」

編集「では、失礼します」

66: 2018/10/11(木) 04:02:32.445 ID:8y3a+Cnxa
男「いかん、ちょっと時間が過ぎてしまった」

【20××.3.28 15:00】

女『こんにちは』

男「ほい、ちょっと遅れた、ごめん」

女『今日も町に出てみたよ』

男「ほほう」

女『いい感じの商店街を見つけたので、あなたも行ってみて』

女『お肉屋さんがサービスしてくれるし』

男「それは君だからじゃないか?」

……

女『じゃあ、またね』

ガチャリ

男「うーん」

男「知らず知らずのうちに楽しみになってしまっているな、このテープ」

67: 2018/10/11(木) 04:03:53.775 ID:8y3a+Cnxa
【20××.4.1 20:00】

女『……こんばんは』

男「ん、暗いな」

男「どうしたの」

女『最近頭が痛いって、言ってたじゃない』

男「あ、ああ」

女『偏頭痛だって、思ってたの』

男「?」

女『今日ね、町で大きめのお医者さんを見つけたから、帰りに寄ったの』

男「へえ」

68: 2018/10/11(木) 04:05:10.560 ID:8y3a+Cnxa
女『また頭痛薬もらっておこうと思ったんだけど、お医者さんが変なこと言ったの』

男「あん?」

女『念のためレントゲンとっておきましょうか、って』

男「レントゲンって胸じゃねえの」

女『あ、レントゲンみたいなものを、って言ってたの』

女『MRI? そんな感じの横文字のやつね』

女『とにかく、詳しく検査した方がいいとか言われて』

男「はあ」

女『偏頭痛って、なにも映らないらしいの、本当は』

男「え」

女『でも、なにか、映ってたの、頭の中に』

男「……」

73: 2018/10/11(木) 04:06:28.618 ID:8y3a+Cnxa
女『私にはわかんないけど』

女『お医者さんも、気にするほどのものじゃありませんよ、って笑ってたけど』

男「……」

女『怖いの』

男「……」

女『頭の中にね、影があるんだよ』

女『腫瘍とか、そういうのだったらどうしようって思った』

男「……」

女『今までもらってた薬と、違うものも渡されたし』

男「……」

女『突然氏んだら、どうしよう』

男「っ!!」

76: 2018/10/11(木) 04:07:48.507 ID:8y3a+Cnxa
女『あなたに話しかける、この時間が、私の楽しみだったのに』

男「……」

女『今日は、ちょっと、楽しくないや、ごめんね』

男「……」

女『気にしなくていいって言われたから、気にしないことにする』

男「でも」

女『ごめんね、変な話しちゃった』

女『明日からはまた、普通のテンションで、ね』

男「……」

女『じゃあ、おやすみ、またね』

男「……」

ガチャリ

77: 2018/10/11(木) 04:09:54.560 ID:8y3a+Cnxa
男「……」

男「いきなり、そんなこと言われたって……」

男「テープはずっと先まであるじゃないか……」

 女『先のテープは、まだ聞いちゃダメですからね!!』

男「突然氏んだり、しないよな、な」

男「……」

男「頼むから」

男「……」

男「はは、テープはもう止まってるってのに、誰に話しかけてるんだ、おれは」

男「寝るか……」

79: 2018/10/11(木) 04:11:17.233 ID:8y3a+Cnxa
【20××.4.2 19:00】

女『おいっす!!』

男「おいおい、テンション高いな」

女『今日はね、雨が降っちゃって』

男「おお」

女『春雨!!』

男「お、おお」

女『いやー30分雨にうたれながらの通勤ってのは最悪ですね!!』

男「その割には嬉しそうだな」

女『先輩が優しくココア入れてくれたし……』

女『それに、先輩のタオル借りちゃった♪』

男「ああ、それでか」

女『帰りには雨もあがってたし、30分頑張った甲斐があったわ』

男「はは」

80: 2018/10/11(木) 04:12:39.905 ID:8y3a+Cnxa
……

女『このテープがあなたのもとに届くまでに、1年間かかるわけじゃない?』

男「うん」

女『それって、なんだか不思議だなって、思ったの』

男「どういうこと?」

女『私の今を、あなたは1年後に同じように共有してくれるわけじゃない』

女『あなたにとっての私は過去だけど、私にとってのあなたは未来なの』

男「はあ……まあ、そういうことだな」

女『1年間だけ時空を超える、タイムカプセルなのよ、このテープは』

男「はは、幻想的だな」

女『それも10分間だけの、ね』

82: 2018/10/11(木) 04:14:16.141 ID:8y3a+Cnxa
男「10分間だけ、か」

男「インスタントだな」

女『インスタント・タイムカプセルよ』

男「……」

男「お、おお」

女『素敵よね』

男「君の発案だろ?」

女『さすが私!!』

男「ははは」

84: 2018/10/11(木) 04:15:33.962 ID:8y3a+Cnxa
【20××.4.3 13:00】

女『おやすみイエーイ!!』

男「……」

女『イエーイ!!』

男「……」

女『イエーイ!!』

男「うるせえよ」

女『今日もお昼ごはんをつくるの失敗したよ!!』

男「イエーイじゃねえじゃん」

女『はっはっは、笑っとけ笑っとけ』

男「おいおい」

男「ま、元気でなによりです」

87: 2018/10/11(木) 04:17:07.954 ID:8y3a+Cnxa
男「今日はなにを失敗したんだよ」

女『パスタをアルデンテにしようとしたら固すぎたの』

男「……それでよく一人暮らししようと思ったな」

女『もっかい茹でたら味がなくなったの』

男「馬鹿すぎるだろ」

女『だから今日は塩パスタだったの……』

男「……」

女『……イエーイ』

男「悲しい」

88: 2018/10/11(木) 04:19:01.359 ID:8y3a+Cnxa
【20××.4.4 15:00】

女『おやすみイエーイ!!』

男「それは昨日も聞いた」

女『あれ? 聞こえないよ?』

女『イエーイ!!』

男「……イエーイ」

女『声が小さいぞー』

男「聞こえねーだろ」

女『イエーイ』

男「はいはい、イエーイ」

男「なんだこのノリは」

91: 2018/10/11(木) 04:20:32.698 ID:8y3a+Cnxa
【20××.4.9 18:00】

女『今日はとても残念なお知らせがあります』

男「あん?」

女『先輩に彼女がいました……』

男「お、おう、そっか」

女『仕事をする気力が起きません』

男「……」

男「なんでそれがわかったんだ」

女『今日、思い切って、晩御飯を誘ったら、彼女と予定があるって』

男「……」

女『うう……』

男「ま、まあ、気を落とすなよ」

女『ブルー』

女『マジブルー』

92: 2018/10/11(木) 04:22:20.702 ID:8y3a+Cnxa
女『マジレンジャー!! ブルー!!』

男「そんな特撮ありそうだな」

女『マジレッドはいつも充血してるの』

男「は?」

女『マジイ工口ーはいつもシャツが黄色いの、洗ってないから』

男「お前はなにを言っているんだ」

女『マジピンクは淫乱だけど処Oなの』

男「おい!! その口閉じろ!!」

女『ちょっと今日は調子が悪いな……』

男「絶好調じゃね」

96: 2018/10/11(木) 04:23:51.778 ID:8y3a+Cnxa
【20××.4.12 20:00】

女『今日は、続、残念なお知らせです』

男「またか」

女『先輩の彼女って言うのはマキさんのことでした』

男「……おおう」

女『マジブルーです』

男「マジブルーはどういう特性なの」

女『マジブルーは結婚を間近に控えた鬱気味のOLです』

男「マリッジブルーじゃねえか」

女『姑さんに早速目の前で愚痴を言われまくったんです』

男「重いよ」

98: 2018/10/11(木) 04:25:14.982 ID:8y3a+Cnxa
女『でもね、もういいの』

女『新しい恋を探して頑張るの』

男「前向きだな」

女『先輩の名前って、言ったことあったっけ』

男「いや、知らない」

女『伊達先輩って言うの』

男「伊達さんね」

女『マキさんと結婚したら……』ププ

男「……」

女『伊達巻き!!』ブフゥ

男「おうふ」ブフゥ

99: 2018/10/11(木) 04:27:28.773 ID:8y3a+Cnxa
女『って思ったら、すっきりしちゃった』

男「楽天家でいいね、君は」

女『でもまあ、しばらくは頑張って仕事に打ち込んで、忘れようと思う』

男「ん、頑張れ」

女『あなたはお仕事進んでる?』

男「ぼちぼちかな」

女『インスタント・タイムカプセルを題材にしてくれたら、読むからね』

男「……ん」

女『うふふ』

100: 2018/10/11(木) 04:29:15.526 ID:8y3a+Cnxa
男「……そっか、失恋か」

 女『新しい恋を探して頑張るの』

男「……」

男「あれ、なんでおれ、ホッとしてるんだろう」

男「応援してるつもりだったのに……」

男「……」

男「まあいいや、寝よ寝よ」

105: 2018/10/11(木) 04:32:45.828 ID:8y3a+Cnxa
【20××.4.14 8:00】

女『おはよう』ハァハァ

男「去年の今日って平日じゃないのか」

男「なんで8時?」

女『今日……バイクが……壊れましたあ……』ハァハァ

男「おいおい」

女『だからね、会社に電話してね、今バイク押してます』ハァハァ

男「なにやってんだよ」

女『ただ歩くだけじゃしんどいから、ポータブルのやつ使って録音しながら、出勤』ハァハァ

男「無理して喋るなよー」

107: 2018/10/11(木) 04:34:51.039 ID:8y3a+Cnxa
女『今ね、桜の木が満開なの』

男「へえ」

女『前に話したよね、並木道の話』

男「ああ」

女『ほんと、きれいなの』

男「……今日は町に出てみるか」

女『今歩いているこの道が、いつか懐かしくなるのかな』

男「……」

女『そんなふうに、いつか振り返れたら、いいな』

男「……」

109: 2018/10/11(木) 04:37:42.713 ID:8y3a+Cnxa
女『あなたの今には、私はその家にいないんだよね』

男「そうだな」

女『実家に戻ってるのかな』

男「実家どこなんだろう」

女『それとも研修が長引いていて、まだ近くに住んでるかな』

男「……」

女『想像できないけれど、今を懐かしく振り返れてる人生なら、いいな』

男「……」

女『病院とかだったら、やだな』

男「やめろって」

女『えへへ、冗談冗談』

男「笑えないんだよ」

110: 2018/10/11(木) 04:39:21.846 ID:8y3a+Cnxa
……

男「お、いらっしゃい」

編集「またチャイム鳴りませんでしたよ」

男「ははは、直そうと思わなくって」

編集「どうしてですか、不便ですよ」

男「君くらいしか来ないからね」

編集「……」

男「はっはっは」

編集「毎回毎回不法侵入してる気分の私の身にもなってくださいよ」

男「はっはっは」

111: 2018/10/11(木) 04:41:37.585 ID:8y3a+Cnxa
男「今書いている短編が終わったら、次に書きたいものがあるんですが」

編集「お!! いいですね!!」

男「お互いに顔も知らない同士の二人が、カセットテープでつながる話なんです」

編集「ほうほう」

男「仮タイトルはインスタント・タイムカプセルで」

編集「ノリノリじゃないですか!!」

編集「なんですか、いいインスピレーションが湧いたんですか」

男「ええまあ」

112: 2018/10/11(木) 04:43:05.589 ID:8y3a+Cnxa
編集「なんだか生き生きしてますよ、先生」

男「そうですか?」

編集「なんだか顔色もとってもいい感じ」

男「ふだん顔色悪いんですか、僕」

編集「あああ、いや、いや、そういうことではなくて」

男「ははは」

編集「あはは」

男「今度までにプロット作っておきますから」

編集「はい、楽しみにしてます」

編集「でも、今書いてるものを落とすことはしないでくださいよ」

男「はいはい」

114: 2018/10/11(木) 04:44:38.262 ID:8y3a+Cnxa
編集「では、また来ます」

男「はーい」

編集「あ、あの、先生」

男「ん?」

編集「あの、この間素敵なイタリア料理のお店を見つけたんです」

男「ふうん」

編集「で、ですね、今度ご一緒に行きませんか?」

男「え」

編集「あああ、もちろん、お暇でしたら、ですけど」

男「ああ、いいですね」

男「僕、町の方あまり知らないし、案内してくださいよ」

編集「はっ、はい!! 喜んで!!」

116: 2018/10/11(木) 04:45:58.907 ID:8y3a+Cnxa
【20××.4.29 16:00】

女『今日はマキさんとランチしてきたよ♪』

男「おう、祝日か、今日は」

女『おいしーいイタリアンのランチ♪』

男「イタリアンねえ」

男「そういやあれから編集さんと具体的な約束してないな」

女『マキさんが、先輩に告白したお店なんだって』

男「……へえ」

女『そういう成功したカップルがたくさんいるんだって、ネットで紹介されてるお店らしいの』

男「……へ、へえ」

女『その話はちょっとつらかったけど、私もいつかこのお店で告白とかしてみたいなあ』

118: 2018/10/11(木) 04:47:33.416 ID:8y3a+Cnxa
男「……」

女『だってね、すっごく素敵な雰囲気なのよ』

男「……」

女『男の人も入りやすそうだし、だけどムードもあるし』

女『ランチでもディナーでもいい感じのお店だったよ』

女『あなたも是非、行ってみてね』

男「……」

女『あ、そういえば、あなたはいい人がいるの?』

男「ん……」

女『知らないな、そういう話』

男「どうかな」

男「わからない」

120: 2018/10/11(木) 04:48:57.259 ID:8y3a+Cnxa
女『実を言うとね、私、まだ会ったこともないのに』

女『あなたが、ちょっと、気になるの』

男「!!」

女『えへへ、変だよね』

男「……」

男「おれも……かな」

男「変だよな」

女『色んな想像を、毎日してるの』

女『あなたはどんな人なのかなあって、ね』

男「……」

男「おれもだよ、多分」

122: 2018/10/11(木) 04:50:27.051 ID:8y3a+Cnxa
男「毎日想像してる、気がする」

女『失恋したばっかだけど、いや、だからこそかな』

女『気になっちゃうんだなあ』

男「へえ」

女『みつを』

男「はあ?」

女『なーんて、ね』

男「あん?」

女『気にしないで、ただの戯言よ』

男「はいはい」

男「いい人、かあ」

男「具体的な約束、しようかな、早いとこ」

125:

コメント (15)

    • 1. 名無しさん@お腹いっぱい。
    • 2026-05-18 14:03:28
    • これなんだ?創作?引越しで見つけたテープに前の住人の声が…?
    • 2. ゲーム好き名無しさん
    • 2026-05-18 14:09:53
    • 女が毎日テープに吹き込むってのがなかなかシュールだな。一人暮らしで寂しいからだろうが、実際にそんなことやってるやつどれだけいるんだ
    • 3. なまえをいれてください
    • 2026-05-18 14:11:24
    • むしろ良い話だろこれ。時間が経っても誰かがテープを聞いてくれるって、一人暮らしの女にとっては希望みたいなもんだ
    • 4. 名無しさん@お腹いっぱい。
    • 2026-05-18 14:12:42
    • 「良い話」とか言ってるけど、現実的に考えたら引っ越してきた男が前の前の住人のテープなんか聞き続けるわけないじゃん。どう見ても創作やろこんなの
    • 5. ゲーム好き名無しさん
    • 2026-05-18 14:13:14
    • それな。テープデッキなんてもう家にないし、昔の住人の声を毎日聞くってサスペンスゲーのホラー展開だよ。不気味すぎ
    • 6. なまえをいれてください
    • 2026-05-18 14:27:25
    • 書斎にテープデッキが山ほど残ってるってのが引っかかるんだが。ミュージシャンだったにしちゃ、なんでそのまま放置されてんだ?処分するなり売るなり…
    • 7. ゲーム好き名無しさん
    • 2026-05-18 14:30:03
    • というか女の一人暮らしの寂しさってテーマはわかるけど、テープに吹き込んで次の人が聞いてくれるって前提が甘すぎない?ゲームで言うなら難易度ヌルゲーレベルでご都合主義
    • 8. なまえをいれてください
    • 2026-05-18 14:37:28
    • 「ぺットも飼えないし、寂しいし」←これでテープを選ぶって選択肢がまず浮かばない。普通SNSで発信するとか友達作るとか考えるでしょ
    • 9. 名無しさん@お腹いっぱい。
    • 2026-05-18 14:41:53
    • 昭和レトロブームだから、今のZ世代にはカセットテープが新鮮に見えるのかもね。TikTokとかで推しの声聞く感覚と同じ
    • 10. ゲーム好き名無しさん
    • 2026-05-18 14:45:28
    • SNS推しとテープ推し全然違うだろ。テープは一方通行、相手の反応がない。それが逆に好都合ってわけか。誰にも邪魔されず、ただ自分のペースで吹き込める
    • 11. 名無しさん必死だな
    • 2026-05-18 14:46:36
    • 「栄養ドリンクみたいだな」ってコメントが好き。毎日一本、一日10分の栄養補給。テープが心の栄養になるってわけね
    • 12. 名無しさん@お腹いっぱい。
    • 2026-05-18 14:49:10
    • 掲示板のスレッドが時系列で流れていくのと、テープが毎日一本ずつ再生されていく感じって似てるな。どっちも積み重ねで物語が完成する
    • 13. ゲーム好き名無しさん
    • 2026-05-18 14:49:43
    • 「この道が懐かしくなるのかな」って、単なる引越し話じゃなくて人間関係そのものについてなんだ。時間が経つと全部が思い出になるみたいな
    • 14. 名無しさん必死だな
    • 2026-05-18 14:52:11
    • 前の前の住人のテープが男に聞かれる→男の次の住人がそのテープを見つける→その住人がまたテープに吹き込む…この無限ループが本当だとしたら、ロマンがあるよな
    • 15. なまえをいれてください
    • 2026-05-18 14:59:04
    • でもテープは劣化するし、いつかは再生できなくなる。その時の虚しさを考えると、この美しい話も結局は限定的なんだなって気づかされるわ

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